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【1】「1」の民俗について〜はじめに〜
「1」の読みかたは、「イチ」は呉音、「イツ」は漢音、「ヒトツ」は日本読みである。 「1」の言葉の使い方は、通常数える「1,2,3」の数字の「1」だと思われていことが多い。 しかし、日常使っている「1」には、数えられない「イチ」、数字ではない「イチ」、数に入らない「イチ」があることが、余り意識されずに使われている。 「1」はそれだけで完結し、2へと続かない意味に使われている。 これより、こうした意味で「1」が使われている事例について民俗文化的意味を考える。
2024年7月17日読了時間: 1分
【2】挨拶としての「1」
来客に対して食事の接待をする時に、「おひとつ、どうぞお召し上がり下さい」と挨拶をする。お客さんの人数にかかわらず、順番にすべての人に「おひとつどうぞ」と言う。 来客は来訪神である。歓迎される福の神として扱われる。手土産を持参して訪問するのが礼儀とされるには、その理由からである。また返礼として客人に持たせて、来訪神を送り返すのである。正月や盆行事での神仏の去来信仰と同じ原理である。客人の家の出入りは、あの世とこの世を往来する結界儀礼である。「おひとつどうぞ」とは、客人を神として接待するあの世的文化のもてなしである。 そして、「おかわりどうぞ」と必ず食事のお替りを促すのが礼儀である。それは、死者儀礼の一膳飯を忌み嫌うからである。枕飯に一本の箸が立てられることから、食事の時にご飯に箸を刺すことは嫌われる。神の接待から人としての接待へと変わり、この世的文化のしきたりとなる。ご飯を盛り付ける時も、一回でなく二回にして行う。お茶を注ぐ時も同様に、一度で注がず、二度に分けて注ぐである。 家の外は神の原理、あの世的文化である。家は人の原理、この世的文化である。.
2024年7月16日読了時間: 3分


【3】神木としての「1」
天然記念物指定の桜は、一本の古木の大木である。山の裾野、峠、田畑のはずれた場所などに見られる。北杜市武川町の神代桜(国指定天然記念物)、同じく小淵沢町の神田桜(県指定の天然記念物)、韮崎市の鰐塚の桜(市指定天然記念物)などがある。 北杜市・神田の大糸ザクラ(北杜市教育委員会提供) 古くは、桜は山に咲く花であった。春に一斉に咲き出す姿は神の降臨を示し、一年の始まりを告げるものであった。古代、春の祭りの歌垣は、豊穣を祈る農耕儀礼で韮崎市わに塚の桜あった。『常陸国風土記』(筑波郡)には、「坂より東の諸国の男女、春の花の開くる時、秋の葉の黄づる節、相携ひつらなり、飲食をもちきて、騎にも歩にも登り、楽しみ遊ぶ」と、歌垣の様子の記述がある。桜の木の下で宴会をしながら花見をする行事は、その名残を今に伝えている。笠のように満開の桜の花に覆われた桜の下は、花の呪力によって豊穣と疫病退散の加護を受ける所である。やすらい花の祭りは花笠の下に入る祭りで、花の呪力によって疫病を封じ込めるのである。 桜の大木は、屋敷に見ることはできない。忌み嫌われたのである。寺の境内に植え
2024年7月15日読了時間: 3分
【4】「ヒトツモノ」としての「1」
一般に一つ物、一ツ物などと表記され、文献史料では一物、一者とも表記される。日本書記は、「時に、天地の中に一物生れり。状葦牙の如し。」とあり、天地開闢に芽生えた葦牙である原初の植物を「一物」とも書く。「モノ」は、腹に「一物(いちもつ)」を持っていると言う時の「モノ」、また「物の怪」の「モノ」と同じである。「物部」「大物主神」の「物」とも同じ。眼に見えない隠れた存在、霊的な力を示す神的な存在を表す。「ヒトツ」は数える「一」でなく、全体を表す意味である。 社寺の祭礼・法会などで行われる神事・行事の中で、稚児などの扮装した人あるいは人形がヒトツモノと呼ばれる。 ヒトツモノという名称は、一番目立つという意味で風流であるとの説がある。山鳥の尾羽や紙垂(しで)をつけた笠を被り、化粧をした稚児が神幸行列において馬上に乗る。風流と見られる装飾や化粧は、神の荘厳・威厳さを表現されたものである。俗世間とは異なる異界の装束である。 あるいは神霊が憑依する依坐やその名残であるという説がある。神の乗り物の馬上は神の降臨の聖域である。祭りの渡御の行列の中で馬上に乗る依坐もヒト
2024年7月14日読了時間: 2分
【5】昼・夜を数える「1」
昼と夜を独立した一つとして数える。 『古事記』」の神代巻に天若日子の死を「日八日夜八夜」弔うとある。『日本書記』、酒折宮の問答歌において、「新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる 日々並べて 夜には九夜 日には十日を」の問答歌がある。古代において、昼・夜を別々に数えていたことが分かる。さらに、アイヌ叙事詩ユーカラの中には、「日三日 夜三夜 併せて 六日」という記載が見られる。(アイヌ叙事詩ユーカラ集 P116、117)。 民話の中において、鬼は朝一番の鶏の鳴き声で、残り一段の仕事を残しても仕事を止め退出しなければならない。その瞬間において時間は止まり切断される。鬼は昼の時間に移行することは出来ない。夜と昼は異質な存在で、その間には越え難い断絶がある。昼と夜とが円滑に交替する意識はない。夜は神の時間、昼は人間の時間である。昼・夜の境界は厳然と区分される。 平安時代『三代実録』において、元慶元年四月の条に、「一日一夜。合為一日」とあり、昼・夜合わせて一日とする。「このような異質な両世界の交替を時計の振り子のごとく振動的な振幅としてとらえる、そういう時間意識
2024年7月13日読了時間: 3分
【6】忌避される「1」
一膳飯は嫌われ、おかわりを勧めることは、挨拶の「1」のところで記述した。この「1」は、「おひとつどうぞ」の来訪神として客人に対する接待のもてなしのことである。 初めて来店した客を断ることを、「一見さんお断り」という。一回目の客人は信用が無いからという理由で、常連客の紹介者が必要であると説明されることが多い。財布は帳場に預けるため支払いは確保されるので安全で、必ずしも同伴者は必要ではない。一回目の客は、店側は来訪神のため接待する立場であり、支払いされない時は受忍せざるを得ないことになる。縁起を担ぐ店側の方便として、「一見さんお断り」という口碑が生まれたのであろう。 年賀状には令和5年1月1日とは書かず、令和5年元旦と書くのが通例である。なぜ回避されるのか。1月1日は正月の神をお籠りする。1日は神の支配領域の時間帯である。神の怒りを受けない慎みのある生活をしなければならない。掃除や料理をしない。そのためのお節料理である。外出はできなかったので、一日の初詣の行事はなかった。 神は一年の始まりの一日だけ、人の一年の始まりは二日から日常生活が始まる。初売り
2024年7月12日読了時間: 2分


【7】除外される「1」
「犬追物」は、文献上の初見は1207年(『明月記』承元元年)、中世武士の武芸鍛練法の一つで、 騎馬で犬を追射する競技である。竹垣で囲んだ馬場に犬を放ち、これを馬上より射る。犬追物の競技で、競技前に一匹の犬を逃がす作法がある。最初の一匹は、「1」という神の領域であるため競技の対象から除外する。 犬追物図屏風 紙本着色六曲一隻(福井県・勝山城博物館所蔵) 人間の領域から神の領域を侵害しないのがルールなのである。人間の競技の世界が神の領域に及ばないように、神聖な「1」の部分を護るのである。「1」の世界と「2」からの世界は、厳格に裁断される。 「競技かるた」である百人一首を用いた競技は、明治時代以前から行われていた。明治37年(1904年)ジャーナリストの黒岩涙香によってルールの統一が図られた。最初の読み札は空札である。競技かるたでは、試合の始めに、競技用の百人一首でない歌を詠み、試合開始の合図とする。これを「序歌」と言う。文学博士で歌人でもある佐佐木信綱氏が、この『難波津に 咲くや木の花 冬ごもり 今は春べと 咲くや木の花』の歌を序歌として選定した。最
2024年7月11日読了時間: 2分
【8】中心線としての「1」
奈良時代の古代寺院、飛鳥寺や四天王寺などの中門,塔,金堂,講堂が一直線上に並ぶ。その中の塔は、中門との直前に置かれ、最重要の位置に置かれる。塔は仏舎利が置かれる位置で、塔の建立とは寺院創建という最重要の意味を持つ。その後、塔を中心としてその東・北・西に金堂を配置された。左右対称の寺院配置を二分割する中心線上に置かれている。 時代が下るにつれ,塔の位置が中心から遠ざかり、法隆寺の配置では中門の左右後方に塔と金堂がある。薬師寺では中門の左右に二基の塔が置かれる。さらに門の外に配置されようになる。寺院建立における一直線上に置く塔の特権は奪われ、伽藍の飾り配置になった。 東大寺など寺院の参道に中央線上に灯篭・香炉・真燭を置かれることがある。仏に向い合う直線は、聖なるラインだからである。焼香礼拝する時に導師に会釈するのは、導師が仏と向き合う直線上に踏み込むことが忌避されるからで、礼拝は直線上から少し横に避けて行うしきたりがある。本尊からの直線のラインを横切る時は、会釈して渡るしきたりがある。聖なるラインを踏まないためである。 墓地おいて、石塔は入り口(門
2024年7月10日読了時間: 4分
【9】完成としての「1」
署名のない作品が見られることがある。署名は作品を棄損する。完成された作品である自負から、作者が誰であるかが分かるはずであると、署名を不要とした。破壊されない完全な意味での「1」である。作品の棄損を最小限にして、芸術性を確保するために「隠し落款」をする。 悟りの世界を象徴する満月は、完成した「1」の意味である。 竜安寺(京都)の十五箇の石を配置した石庭である。この意味について多様な説がある。十五の数は満月の悟りを象徴すると考える。縁側で見る位置で十四個の石が見える。一つが欠ける。縁側から十五の石が見える場所が一カ所ある。竜安寺の石庭は特定の場所から見るのではなく、縁側を歩きながら動的視点で見るものである。十五の世界と十四の世界を見ることになる。欠損の「1」を隠しながら、同時に隠された完成の「1」の存在を暗示する。十四+一=十五である。悟りの世界のあり方の禅の公案を示す。静止して黙思するのではなく、動的に沈思する坐禅の場である。 一味同心・茶禅一味は、一つの茶碗で同じ味の茶を飲み交わし、その茶会の参加者は同じ心を共有し、平等性を表現する。一党・一揆
2024年7月9日読了時間: 2分
【10】破壊される「1」
一年は一回限りで、年月は一回ごとに積み重ねられていく。2年、3年と数えるが、年が二個、三個と増えるのではない。「1」が積み上げられるだけである。年齢も同じである。連続としての「1」の意味である。1年は一回で完結し、次年度とは断絶する。去年と今年は旧年と新年と区別され、別の年である。 一年一回限りの儀礼的なものは来年度に引き継がれない。お札や御守り、正月の縁起物など、一年限りのものはお焚き上げをされる。 儀礼は一回限りで終了する。祭祀儀礼の祭具も一回限りの使用で、終わって破却される。 新たに神を迎えるために一回ごとに取り替えられ、再利用されることはない。 白木の位牌は葬式のみに使用されるもので、四十九日には塗りの位牌に切り替えられる。白木の祭壇や祭具、あるいは祭場を白の布で覆い、さらに葬式に際し床の間、神棚、写真に白い紙を貼ることは、一回限りの葬祭場として使用することを示す。 即位儀礼の大嘗宮の式場建物、産小屋など、使用後は焼却・破却されてきたのも同じ理由からである。地鎮祭は式が終われば片付けられ平地となる。 破却・焼却は、祭場を解体し始末する行為
2024年7月8日読了時間: 2分
【11】二回としての「1」
二回の行事を一回分として見なす。こうした事例を民俗行事に見ることができる。 修正会・修二会は正月行事を二度行う。十五夜と十三夜の月見は二度見て願いがかなうという。正月とお盆の二度の行事、晦日(6月)と大晦日(12月)の二回の大祓の行事を行う。一年を二分するように、同じ行事を二度繰り返して一年の行事が完了する。つまり二回して始めて「1」回分としての儀礼的価値を有する。 大宝令(701年)、大祓が六月と十二月の晦日に決められる。平安時代『三代実録』においては、元慶元年四月の条に、「一日一夜。合為一日」とある。昼と夜の二回を、昼・夜合わせて一日と定める。 一日、一年を二分する対の構図が見られるように、左右対称など二つの事項を統合して、二回を合わせて「1」とする価値観を重視するようになった。それは、日本古来の二分する思考の上に、中国からの暦・易の根源的意味の「太一」に統合されたものである。律令制の左大臣、右大臣の上位に太政大臣が置かれたのと同様である。 正月と盆は、1年に2度営まれた先祖供養の行事であった(正月は魂祭りと称し、先祖を祀る行事であった)。
2024年7月7日読了時間: 2分
【12】反復継続する「1」
式次第は、「一 開会の挨拶。一 会長の挨拶・・・」というように、「一」の連続で、「ひとつ」と読む。「一、二、三・・・」と連続しない。 制札などの触書なども、「一 ・・・」「一 ・・・」とあり、同様に五箇条の御誓文も次のように「1」の連続で表記されている。 【五箇条の御誓文】 一 広く会議を興し万機公論に決すべし 一 上下心を一にして盛に経綸を行ふべし 一 官武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まざらしめん事を要す 一 旧来の陋習を破り天地の公道に基くべし 一 智識を世界に求め大に皇基を振起すべし 相撲の取り組みは、取り組みごとに「一番」「一番」と言う。ここでは、「いちばん」と読む。「一番目の取り組み」「二番目の取り組み」とは言わない。「今日の大一番」とは、同じ一番だが特別の盛り上がった相撲のことである。 「1」は、起点・始まり「1」ではない。この「1」は、『老子』の「道は一を生ず。一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」のように、ものごとの根源的意味を持たない。またプロティノスの万物を流出する根源的な「一者」の意味ではない。...
2024年7月6日読了時間: 2分
【13】部分としての「1」
初物(はつもの)の最初の一部を神・仏に供える。収穫した野菜・果物・海産物などの初物、狩猟の獲物の一部、来客の土産の一部を最初に仏壇や神棚に供える。 初穂とは、収穫前の稲穂の一部を抜き取り、神に供える。 「生飯(さば)」という仏教や修験道で見られる食事作法で、食べる前に自分の食事の一部分を少し取り分けて、無縁の精霊に供養する作法である。 『常陸風土記』の行方郡の段に、継体天皇の時代に矢筈氏(やはずのうじ)の麻多智(またち)は新田を開墾するのに、妨害する夜刀の神を山に駆逐し、山と田の境界に杭を立て、人に祟りをしないように社を創建した。この遺風は、開墾した最後の残地の高台に祠を建て、土地の神を鎮め祀る。このように神と人とを住み分け、人は全体の一部分を神の取り分として確保する。寺院の境内地や住居の敷地に鎮守神や屋敷神・祝神を祀り、北西または北東の隅の一部に土地の神の領分として場所を定め、石祠を建てるのも同じ考えである。 全ての物は神と人間の共有で、渾然一体となっていると考え、全部丸ごと収得することは、神仏の領分を犯すことになり、罰を被ることになる。...
2024年7月5日読了時間: 2分


【14】未完成な美としての「1」
茶室の庭に落ち葉を置く千利休の逸話がある。 利久は弟子に茶室の庭掃除を命じ、落ち葉が一つもなく掃除を終えた後、落ち葉を散らしたという。落ち葉一つなく完全な掃除も、また落ち葉を散らすことも同じ作為であり、自然体を重んじる茶道に馴染まない。利久は、客人に庵の自然の姿を演出したかったのか。そうではなく、完全な無欠な美ではなく、一部欠けた美の重要性を諭したのである。目的が達成された完全無欠な「1」ではなく、欠けた不完全な「1」を求めた。 対称性を理想美とみなす風潮に反し、利久の茶湯椀は左右対称の均整のとれた美ではない。不規則不揃いの様相を呈する。完成を得ることではなく、一歩身を引いて完成に向けて努力する姿勢の尊さ説く。未熟を自覚して、常に伸びしろを残して置く姿勢である。 東照宮の門柱は逆木である。柱を一本だけ上下逆さに建てる。なぜ、縁起の悪い逆木を立てるのか。大工・棟梁は、建築の眼に見えない箇所に欠落した仕事を残して未完成な建物とするという。目標の達成は、これ以上の大工の技の進歩を望めず、後退するしかなく、技を磨く職人気質にそぐわない。完成は逆に縁起が悪
2024年7月4日読了時間: 2分
【15】 道としての「1」
道として「一」は、老子の「道徳経』に、「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生じる。万物陰を負いて陽を抱き、沖気を以って和を為す」とある「道は一を生じ」の「一」である。 「一」は根源的意味の太極を意味する。陰陽未分の太極である一気から陰陽二気が生ずる。数の流れを見ると、一から分裂して二となる。「二は三を生じ」とは、二の次が三となるのは、1+2+3=6となるのでなく、1+2=3となる。太極一気と陰陽二気を合せて三の意味である。この三が万物誕生を象徴する数字である。 この万物を生成する太極・陰・陽を三極構造としてみると、三極を三角形の三点に配当し、太極を頂点に、その底辺に陰と陽を置いてみる。底辺の陰・陽を両端の二点の中央に均等に歩み寄り集約されて行くと、太極は陰・陽の底辺を垂直に二分した中心線上の頂点に到る。 このように「三」の数の万物を生む呪術的力は、三点の構造を持つ様々な形態に整えて信仰的意味を与えている。山の山名に三山の呼称を与え、神聖な山岳景観を作っている。神仙思想による不老不死の蓬莱山・方丈山・瀛洲山の三山、その例にならう大
2024年7月3日読了時間: 2分
【16】 悟りとしての「1」
ブッダの悟りとしての一回性についてである。 ブッダは35歳の時、インド東部のビハール州にあるブッダガヤの菩提樹のもとで禅定に入って悟りを開いた。仏典によれば、自分一人だけの唯一絶対の悟りを内面に秘めたままにしておくことを望んだ。梵天はブッタ一人の悟りに終わらせることが忍び難く、衆生済度のためからの悟りの布教を依頼するが、再三に渡り断られる。それでも梵天は仏法を説くことを三度懇願する。ブッダはこれを受け容れ布教することになる。最初の説法(初転法輪)は、鹿野苑で五人の修行者に対し仏法を説き、80歳で亡くなるまで人びとの苦しみを救うために慈悲を与え続けきた。 ブッタの悟りは、一回限りの体験である。一回性という神秘的な直観の瞑想体験である。歴史的事実として一回性の意味である。ブッタは同じ神秘的体験によって、再び悟ることはない。また同じ悟りの体験を弟子に求めることはない。仮に悟りを求めるならば、それは悟りの疑似体験であり、ブッタの原体験と異なる。 ブッタは、この非論理的体験を論理的な言葉に置き換えて慈悲の教えを説くことになる。非言語の悟りから言語による悟り
2024年7月2日読了時間: 5分


【17】まとめ
「1」の論理は神仏の領域を示し、あの世的世界とこの世的世界を切り分ける役割を持っている。あの世的精神文化の「1」は民俗儀礼、芸術文化、スポーツ、日常生活など日本文化の隅々まで及んでいる。「1」の持つ精神性は、民俗儀礼における宗教性を高め、芸術文化の美意識を深め、また日常生活の繊細な挨拶、職業気質に影響を与え、欧米文化にはない日本独特の文化と言える。 しかし、「1」の論理性は消えつつも、儀礼的・日常的には全く違和感なく使いこなしているが、その意味が十分理解されているとは言い難い。その結果、「1」の論理に無理解な「都民ファースト」の言葉が乱舞し、スポーツの試合で「日本ファースト」の応援の言葉がキャスターから出るまでになる。欧米論理が優先される「1」となる。完全無欠を目標とする「1」である。日本の論理は優劣を競わせる「1」ではない。 新たに再考する機会になれば幸いである。 九輪草(クリンソウ) (了)
2024年7月1日読了時間: 1分
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