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【12】反復継続する「1」

  • koufukujihokutoshi
  • 2024年7月6日
  • 読了時間: 2分

式次第は、「一 開会の挨拶。一 会長の挨拶・・・」というように、「一」の連続で、「ひとつ」と読む。「一、二、三・・・」と連続しない。

制札などの触書なども、「一 ・・・」「一 ・・・」とあり、同様に五箇条の御誓文も次のように「1」の連続で表記されている。


【五箇条の御誓文】

一 広く会議を興し万機公論に決すべし

一 上下心を一にして盛に経綸を行ふべし

一 官武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まざらしめん事を要す

一 旧来の陋習を破り天地の公道に基くべし

一 智識を世界に求め大に皇基を振起すべし


相撲の取り組みは、取り組みごとに「一番」「一番」と言う。ここでは、「いちばん」と読む。「一番目の取り組み」「二番目の取り組み」とは言わない。「今日の大一番」とは、同じ一番だが特別の盛り上がった相撲のことである。

「1」は、起点・始まり「1」ではない。この「1」は、『老子』の「道は一を生ず。一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」のように、ものごとの根源的意味を持たない。またプロティノスの万物を流出する根源的な「一者」の意味ではない。

 「1」は個々別々で、独立性、完結性、平等性を持つ。隣同士の「1」は同じ「1」ではない。時間的に順次「1」は連動し、断絶と連続を繰り返し、追加されて行き、「1」の集合を形成する。個々の「1」は、全体を統合せず部分として機能する。しかし、その裏には、「1」」の集合を統括し、見えない意志の存在がある。その「1」は神威の表現と見なされる。また「1」を加え、逆に削除することがあっても、その全体の意志の変化はない。

十七条憲法では、「一曰 以和爲貴、二曰 篤敬三寶」と、1から17の通し番号となっている。養老律令も同じである。

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【11】二回としての「1」

二回の行事を一回分として見なす。こうした事例を民俗行事に見ることができる。 修正会・修二会は正月行事を二度行う。十五夜と十三夜の月見は二度見て願いがかなうという。正月とお盆の二度の行事、晦日(6月)と大晦日(12月)の二回の大祓の行事を行う。一年を二分するように、同じ行事を二度繰り返して一年の行事が完了する。つまり二回して始めて「1」回分としての儀礼的価値を有する。 大宝令(701年)、大祓が六月

 
 
 
【13】部分としての「1」

初物(はつもの)の最初の一部を神・仏に供える。収穫した野菜・果物・海産物などの初物、狩猟の獲物の一部、来客の土産の一部を最初に仏壇や神棚に供える。 初穂とは、収穫前の稲穂の一部を抜き取り、神に供える。 「生飯(さば)」という仏教や修験道で見られる食事作法で、食べる前に自分の食事の一部分を少し取り分けて、無縁の精霊に供養する作法である。 『常陸風土記』の行方郡の段に、継体天皇の時代に矢筈氏(やはずの

 
 
 

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