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【2】挨拶としての「1」

来客に対して食事の接待をする時に、「おひとつ、どうぞお召し上がり下さい」と挨拶をする。お客さんの人数にかかわらず、順番にすべての人に「おひとつどうぞ」と言う。


来客は来訪神である。歓迎される福の神として扱われる。手土産を持参して訪問するのが礼儀とされるには、その理由からである。また返礼として客人に持たせて、来訪神を送り返すのである。正月や盆行事での神仏の去来信仰と同じ原理である。客人の家の出入りは、あの世とこの世を往来する結界儀礼である。「おひとつどうぞ」とは、客人を神として接待するあの世的文化のもてなしである。


そして、「おかわりどうぞ」と必ず食事のお替りを促すのが礼儀である。それは、死者儀礼の一膳飯を忌み嫌うからである。枕飯に一本の箸が立てられることから、食事の時にご飯に箸を刺すことは嫌われる。神の接待から人としての接待へと変わり、この世的文化のしきたりとなる。ご飯を盛り付ける時も、一回でなく二回にして行う。お茶を注ぐ時も同様に、一度で注がず、二度に分けて注ぐである。


家の外は神の原理、あの世的文化である。家は人の原理、この世的文化である。


客人は、あの世的世界からこの世的世界に来る人で、二つの原理を持ち、客人はあの世的世界からこの世的世界に変換される。


この世の家の原理を守るために、外のあの世からの侵入を防ぐ垣根、塀、門、玄関、框、敷居、奥座敷などの建築構造物によって結界が引かれる。この結界を通過するには許可または暗黙の了解が必要となる。客人によってそれは異なる。


大事な客は奥座敷へ、親戚などは居間まで、近所の人は玄関までと、暗黙の同意で入ることはできる。暗黙の同意を得るには、門または玄関で「御免ください」「お邪魔します」などの挨拶をする。しかし明確な拒否があれば退散することになる。この挨拶がないと不審者とみなされる。見知らぬ人が家の中に入るには、「どうぞお入り下さい」という明確な同意が必要である。


家の外から中へ入るには、こうした挨拶の結界儀礼が必要である。


家の者であっても、「行ってきます」「ただいま」など、玄関での挨拶が必要である。「おはよう」「おやすみ」も朝、夜の挨拶儀礼をする。芸能界・接待飲食業などでは、一日の最初の出会いは「おはよう」と挨拶を交わす。


こうした挨拶は、あの世とこの世の間を出入りする結界儀礼であり、挨拶のない時は結界が消滅し、家族・仲間関係の秩序が乱れ破壊される。


「1」の役割は客人へのもてなしであり、神聖さを敬うと同時にその忌みを回避する接待をする。


客人はどうしても結界を越えなければならず、あの世的世界とこの世的世界の二重の性質を同時に持つことになる。



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