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【9】完成としての「1」

  • koufukujihokutoshi
  • 2024年7月9日
  • 読了時間: 2分

署名のない作品が見られることがある。署名は作品を棄損する。完成された作品である自負から、作者が誰であるかが分かるはずであると、署名を不要とした。破壊されない完全な意味での「1」である。作品の棄損を最小限にして、芸術性を確保するために「隠し落款」をする。

 悟りの世界を象徴する満月は、完成した「1」の意味である。

竜安寺(京都)の十五箇の石を配置した石庭である。この意味について多様な説がある。十五の数は満月の悟りを象徴すると考える。縁側で見る位置で十四個の石が見える。一つが欠ける。縁側から十五の石が見える場所が一カ所ある。竜安寺の石庭は特定の場所から見るのではなく、縁側を歩きながら動的視点で見るものである。十五の世界と十四の世界を見ることになる。欠損の「1」を隠しながら、同時に隠された完成の「1」の存在を暗示する。十四+一=十五である。悟りの世界のあり方の禅の公案を示す。静止して黙思するのではなく、動的に沈思する坐禅の場である。

一味同心・茶禅一味は、一つの茶碗で同じ味の茶を飲み交わし、その茶会の参加者は同じ心を共有し、平等性を表現する。一党・一揆は、同じ意志を持つ参加者が団結する一体性を表す。構成員の意志の合意は目的達成の宗教的行為であり、集約された全体意思は神の意志と見做される。その「一」は、欠損部分を含まない完結した「1」を示している。

茶道の一期一会の所作、歌舞伎や能の舞台の動作は一回限り、常に完成された芸を演じる一回性である。二度の繰り返しのない完結性が求められる。

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【8】中心線としての「1」

奈良時代の古代寺院、飛鳥寺や四天王寺などの中門,塔,金堂,講堂が一直線上に並ぶ。その中の塔は、中門との直前に置かれ、最重要の位置に置かれる。塔は仏舎利が置かれる位置で、塔の建立とは寺院創建という最重要の意味を持つ。その後、塔を中心としてその東・北・西に金堂を配置された。左右対称の寺院配置を二分割する中心線上に置かれている。 時代が下るにつれ,塔の位置が中心から遠ざかり、法隆寺の配置では中門の左右後

 
 
 
【10】破壊される「1」 

一年は一回限りで、年月は一回ごとに積み重ねられていく。2年、3年と数えるが、年が二個、三個と増えるのではない。「1」が積み上げられるだけである。年齢も同じである。連続としての「1」の意味である。1年は一回で完結し、次年度とは断絶する。去年と今年は旧年と新年と区別され、別の年である。 一年一回限りの儀礼的なものは来年度に引き継がれない。お札や御守り、正月の縁起物など、一年限りのものはお焚き上げをされ

 
 
 

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