初物(はつもの)の最初の一部を神・仏に供える。収穫した野菜・果物・海産物などの初物、狩猟の獲物の一部、来客の土産の一部を最初に仏壇や神棚に供える。
初穂とは、収穫前の稲穂の一部を抜き取り、神に供える。
「生飯(さば)」という仏教や修験道で見られる食事作法で、食べる前に自分の食事の一部分を少し取り分けて、無縁の精霊に供養する作法である。
『常陸風土記』の行方郡の段に、継体天皇の時代に矢筈氏(やはずのうじ)の麻多智(またち)は新田を開墾するのに、妨害する夜刀の神を山に駆逐し、山と田の境界に杭を立て、人に祟りをしないように社を創建した。この遺風は、開墾した最後の残地の高台に祠を建て、土地の神を鎮め祀る。このように神と人とを住み分け、人は全体の一部分を神の取り分として確保する。寺院の境内地や住居の敷地に鎮守神や屋敷神・祝神を祀り、北西または北東の隅の一部に土地の神の領分として場所を定め、石祠を建てるのも同じ考えである。
全ての物は神と人間の共有で、渾然一体となっていると考え、全部丸ごと収得することは、神仏の領分を犯すことになり、罰を被ることになる。
部分として「1」は神・仏の取り分として決められており、人は、最初の一部分は神・仏の所有権として尊重する。
眼の前に現前する自然現象は常に不確定な状態にある。目に見えない神・仏の世界に、人は捉え切れない何かに翻弄され、祟りや罰を受けるかもしれない不安な状態に置かれている。そのために、見えない神・仏の世界を現前する世界に顕現させ、人と神・仏の世界を分離する。
神・仏は自分の居場所を求め、人は神・仏の支配領域を安堵する。それが「1」と称する部分である。日々の通過儀礼において、神・仏に捧げた一部分を放棄する不完全さゆえに、逆に安心感が得られる。人生儀礼の中に、「1」の文化を創り上げて来た。
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